『星のあひびき』4

<『星のあひびき』4>

図書館で『星のあひびき』という本を、手にしたのです。

歴史的仮名遣いで知られる丸谷さんが、村上春樹訳のチャンドラーからカズオ・イシグロまで、語るってか・・・ナウいやんけ♪(今ごろナウいは通用するだろうか?)

なお、帰って調べてみたらこの本を借りるのは2017年11月以来2度目であることが、判明しました(又か)。・・・で、(その2)としたのです。

【星のあひびき】

丸谷才一著、集英社、2010年刊

<「BOOK」データベース>より

戦争の世紀20世紀を眺望し、モーツァルトと『源氏物語』を評価した名誉をたたえる。村上春樹訳のチャンドラーから井上ひさしまで、バルガス=リョサからカズオ・イシグロまでの傑作を推奨する。『坊つちやん』を大胆に解釈し、仔犬を抱いて笑う少年特攻兵の写真に泪する。ゴシップ・ユーモア・奇想・新説がたっぷり。高級で愉しい快楽の書。

<読む前の大使寸評>

歴史的仮名遣いで知られる丸谷さんが、村上春樹訳のチャンドラーからカズオ・イシグロまで、語るってか・・・ナウいやんけ♪(今ごろナウいは通用するだろうか?)

rakuten星のあひびき

丸谷さんの憂色が語られているので、見てみましょう。

p205〜208

<わが憂色>

 最近わたしの人生は、うんと古風な言ひ方をして格好をつければ、憂色に包まれてゐる。普通のわかりやすい言ひ方をすれば、いささか困ってゐる。しかしわたしの気持の本当の感じとしては、わかりやすい言ひ方よりも格好をつけた言ひ方のほうがぴったりしてゐるやうな、そんな気持である。

 つまり、いささか困るなんて呑気な段階ではない。もっとずっと寂しがってゐる。さう、この寂しいといふ言葉。これがよささうだ。憂色よりも困るよりも寂しい。これが今のわたしの心境の説明としてはふさはしいのだ。

 ここでその寂しさの理由を説明しなければならないのだが、そのためにはまづわたしの住ひのことからはじまなければならない。

 わたしは30年ほど前、目黒三田に引越した。この目黒三田については前に一ぺん詳しく書いたことがあるが、大筋は慶応の三田といっしょにしないでくれといふことであった。

(追って記入予定)

『星のあひびき』3:カズオ・イシグロの短篇小説p125〜127

『星のあひびき』2:わたしと小説p34〜36

『星のあひびき』1:小説家が教える海外文学p67〜69